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みんなの「アーティストへの質問状」ブログ


ターニングポイント1957。野沢二郎の始まり 

2009/10/23 08:09
さらに質問は続く。
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Q ミュージシャンとのアイコンタクトは慣れましたか?
ミュージシャンとの信頼関係はペインティングに必要でしょうか?

A 演奏とともに制作するというケースは初めてだったし、
この先やることも想定していませんので、アイコンタクトは最初で最後かな?
ただ、この1年の森さんとの関わり(酒飲みも含めて)がなければ、
今回のライブの成功はあり得なかったと思います。

(えっ?アートはこれから始まる気がするんだけどなーー)



Q このようなペインティングにどんな意味があったと思いますか

A  少なくとも私自身にとっては、とても大きな意味があったと思います。
自分の絵にとっての「即興」の大切さを思いました。
今、目指そうとしている絵は、「確実なマチエール(絵肌)を作り、物としての充実をはかる」ことと
「一回性の美しさ:ライブ感覚」の両方です。相反する内容を実現することです。

(ライブ感覚って?具体的に知りたいな?絵の具をポンと置く事だけじゃない気がする)

Q 過去にこのような音楽と絵画の共演のようなものを見たこと
または書物などで読んだことはありますか?
絵画史的に何か関連してひらめくことはありましたか?


カンディンスキーとシェーンベルクの交換書簡を読んだ事があります。
音楽家と画家が刺激しあいながら理想的な関係を作っていたように思います。
音楽と絵画の共演のようなものは、今はあちこちで行われているように思います。
写真などで見たにすぎませんが、音楽に合わせて、
形がどんどん増殖していくようなものが多いでしょうか。
私は図式的な絵が苦手なのでうらやましいです。

(わーーここんところもう少し聞きたいな図式的な絵が苦手なんてそうかな?
野沢さん絶対もっと何か隠してる)

音楽とは直接関係ないですが、「ライブペインティング」に関連して、
ポロックとマチューを思い出します。
ポロックがくわえたばこでドリッピングで制作している映像は、
ときどき授業で学生に見せたりしています。
(そういえば森さん、ポロック好きだって言ってましたね)。
一方、マチュウが日本橋白木屋のショーウインドウで絵を描いたのも有名です。
浴衣にたすき掛け、赤いハチマキに白足袋で制作している写真は印象的です。
観客にとっておおしろい「ライブペインティング」はマチュウかな。
しかし、画家としてはポロックのほうがいちまい上かと思います。
ポロックは、絵の中に入り、無意識に描いているようでもあるけれど、
ちゃんと空間作っているからね〜。
今回のライブで、心構えとして意識していたのは、もちろんポロックのほうです。
昔の話です。ポロックが車飛ばして死んだのが1957年、
マチュウのパフォーマンスも1957年、わたくし、その年に生まれました。

(1957恐るべし!映画で見たけどポロックってロックのスターと似てますよね)

あ、もうひとつ思い出しました。「ようこそ先輩」というNHKの番組で、
新井良二さんが子どもたちの前で大きなキャンバスに絵を描きました。
それがやたら面白かった。まるで絵本のページをめくるように、
一枚の絵がどんどん変化する。子どもたちが途中で描いちゃったりする。
文句なしにおもしろいライブでした。

あ、最近知った面白そうな企画があります。西村記人という方が、山下洋輔さんたちと
つくば市でライブペインティングをするそうです(11月25日 つくばカピオホール)。
9月30日のライブにも来ていただいた野口修さんが企画に関わっているようなので、
できたら見に行きたいな〜。詳しくはhttp://artnpo.exblog.jp/



Q 今後の絵画活動に何か影響があると思いますか?

実は今、個展(銀座/コバヤシ画廊、10月26〜31日)直前で苦しんでいます。
今描いてる絵は半月もこねまわし、まだできないのですが、
「その気になれば20分もあればできる!」なんて、ライブの経験が変な自信になっているような。
「甘い甘い」ともう一人の自分、とほほ。


ホント楽しみな個展がやってくる。





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野沢二郎氏への質問。「絵画の思索」

2009/10/22 21:48
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これが始まりの色
26日の野沢二郎個展オープニング前の予習。


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やはり抽象絵画は何の予備知識もなく突然見ただけでは
分かりづらい分部がどうしてもある。
これは現代アート全般に言えることかもしれないが
その絵に込められたストーリーを聞いてしまうと
見る見るその作品に引き寄せられることがある。
今回の野沢二郎氏の作品にはこの1年分のストーリーがあり
彼の生まれて初めての経験がたっぷり詰まっている。

Q 夏のライブではまずはじめにカンバスにおかれていた色が印象的でした。
ピンクの画面から始まりましたがそれはなぜだったのでしょう。


A  「ローズバイオレット」という絵の具を主に使いました。
アトリエでのリハーサルの際、絵が寒色系でまとまりかけた時、
暖かみが欲しくなり、最後に画面の隅の方に
ローズバイオレットを少しだけ置いたのです。
たぶんそれを引きずっていたのだと思います。
また、ライブで描く前の演奏中、
お客さんの視界にずっと入ることになるので、
音楽のためにも、あまり固定的なイメージを
連想させない方がいいかな、と思いました。
緑や青は自然の風景を連想しますよね。
ピンク(と言ってもかなり落ち着いた感じのトーンにした
つもりです)が一番、音楽を聴いてのイマジネーションが
多様に拡がっていくかな〜と思った気がします。

(たしかに温かみのあるムードから始まったLIVEだったなーー。)

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Q ペインティングの最中に音はどのぐらいの割合で聞こえましたか

A  初めは、耳をすまして、音を聴きました。
(リハーサルの時、森さんはノイズみたいな音から入ったのですが、
ライブ当日はだいぶ違っていて、あれれ、と思いつつ。)そして、ちぎれるような音に
乗せるように黒い斑点を置き、伸びる音に引きずられるように画面を貫く線を引きました。
その後の事は、正直、ほとんど覚えてないんです。
時々、音楽から強い引力みたいなものを感じることがあり、
たぶんリズムにのって描いていたと思います。
また、一気に塗りつぶすような場面では、音楽が追っかけてくる感じがしました。
半分以上、音楽は聞こえていなかったような気もします。
しかし、それは「耳で」聴いていなかっただけで、
すぐ傍から発せられる音を、間違いなく私の身体(皮膚?)で感じていたはずです。

(聞こえない瞬間があるというのがすごくリアル。)


Q 普段の描く速度と比べてどのぐらいの速さだったと思いますか

A 手を動かすスピードは、普段通りだったと思います。
  ただ、普段は、アクションとアクションのあいだの時間、つまり絵を眺めている時間が非常に長いです。

(予想よりかなり速描きなのにはビックリ!!!ためらって描くことはまずない
見てる時間のほうが長いのか・・。)

Q ココで終わり。はどうやって決めるのでしょう?

A 絵を描いている時は、キャンバスに至近距離で接触しています。
周りが見えないわけで、身体的、触覚的、主観的、感情的な要素が強いと思います。
離れて眺めている時は、極力、冷静になろうとし、視覚が優位になると思います。
あらゆる情報を駆使して、客観的な判断をする司令塔みたいな自分が居て、
「次はこうしろ」って命令するわけです。ただし、その指令でうまくいく確率はきわめて低いです。
試行錯誤の末、様々な要素が調和し、ある種の秩序を持ちつつ、
(秩序を持つだけでは、ただのまとまった絵になってしまう)、自分でも想像しなかったような、
新鮮な表情を絵が見せる。天使の微笑み、みたいな(笑)。そこで終わり。
もちろん、今回のライブでは、のんびり絵を眺める時間はなかったので、
即断する司令塔にまかせて描きました。終わりにできたのは、たまたま拾い上げた
「コバルトバイオレット」という絵の具のチューブのおかげでした。
とっさに今までやったことのないような使い方をしたら、ハッとする感じになって、
「OK!」と思いました。
なお、「作品の完成」についての深い考察を小澤基弘氏がしています。
私もアンケートに参加した経緯もあり紹介します。
「絵画の思索」小澤基弘著、花伝社、2006年。







絵画の思索―絵画はいつ完成するか
花伝社
小澤 基弘

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野沢氏からの回答。

2009/07/12 11:13
そうは書いてみたけど、明確には答えられそうになくて・・・。
ゴッホにしてもゴーギャンにしても。ピカソにしてもマチスにしても。
カンディンスキーにしてもモンドリアンにしても。
みんな違っていて、十把一絡げに捉える事はやっぱり難しいな〜。
ただ、それでもあの頃の画家たちに共感するところが多いのは、
共通に持っているある種の純粋さかな。
カンディンスキーあたりが造形要素としての色や形をつき詰めてゆく純粋さはも
ちろんだけど、美術の力を信じる純粋さ、
社会に対する態度の純粋さにも共感します。
そういう意味では、銀座の個展の時、森さんが演奏してくれた
「エリック・サティ」も同様かな・・・・。

野沢二郎
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オト猫から

2009/07/12 10:59
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やーーー。なんか質問が深い深い。
ヤッパリ今回音絵楽がお招きするだけの事はありますね
野沢さんは画家という言葉にすごくふさわしい方で今回の企画も
絵描きさんの絵の描き始まりはどうなっているの?
一回見てみたい!!!!が
きっかけです。

そこでちょっと野沢さんに質問

Q改革期の画家達が考えたような事を今考えているとは
具体的にもう少し教えてください?


この改革期とは音絵楽が始めた昨年のイベントのベーシックな考え
絵があって音楽があった「ベルエポック」のころと重なるんですが
どんな意味なのかなーー。


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さらにさらに質問は続く野沢→森

2009/07/11 17:27
森 英記への野沢二郎感想と質問はさらに続く

ジャコメッティ!、最近見たのは、葉山の神奈川近美、千葉の川村美術館の巡回
展にも、巡回して見に行きました。あの時は慰められた感じがしたな〜。
作品は確かに「極限までそぎ落とした」感じですね。
消えてしまいそうになりながら、それでも残る針金みたいな精神。
彫刻もいいけど油彩もいいんです。あのグレーには憧れます。

「静けさ、立ち上がっていくスピード、徐々に始まるクレッシェンド」など、
確かに最近の制作では特に、そういう感じを意識します。
スポーツ見てて感じることもあります。ゆっくりとしたパス回しから、
突然サッサッっとパスが回ったかと思うとバシッーーっとシュートが決まったり。

前回は抽象絵画を描き始めたころの個人的な事情を書いてしまい、
やっぱりちょっと気恥ずかしい思いです。
森さんもJAZZという表現形式に巡り合った個人的事情があると思うのですが、
語れる範囲で教えていただければありがたいです。
また一方で、「小さな物語」と「大きな物語」という言い方をすることがありま
すが、「大きな物語」=音楽史の中での自分の立ち位置のようなことは考えますか?

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さらに質問はつづく。画家:野沢二郎→森英記

2009/07/06 01:17
野沢 二郎⇒質問
Q、バラやリンゴを描いた絵を見て「わからない」という人はいませんが、
抽象絵画は、「わからない」といわれます。
Jazzは、抽象絵画みたい、って私は常々思っていますが、
あまり「わからない」っては言われませんよね。何ででしょうね。

森 英記⇒回答
A.リンゴなどの絵画では目に見える形に近い状態を平面に写しますよね。
いわいる「写生」だと思うんですけど。それが具象ですよね・・。
音楽の場合は抽象・具象と言う区切りがそもそもないような気がするんです
音楽は区切りで考えると抽象しかないと思います
たとえば「チューリップ」にしてもあのメロディーをもしはじめて聴いた人がいたら
これはチューリップだ!とは思わないんじゃないでしょうか?
歌詞や題名や今までの知識が具象にしているんだと思うのです。
また、話はかわりますが
メロディーがなく言葉(歌詞)だけなのですがJAZZに
印象が近いものがあります。
落語です。落語は分からないという人は殆どいません。
落語が何でJAZZに近いのかそのわけはまた・・・。



野沢 二郎⇒質問
Q、新曲「うちなー」を何度か聴かせて頂きました。
心地よく耳に残っています。「明るく軽快な感じ」がしましたが、
志向する音楽は、言葉で言えばどんなものですか?

森 英記⇒回答
A.毎日ジャズを中心に、ジャンルを問わず(気にせず)沢山聴きます。
ハードロックやレゲエは大好きですが演奏手段ではありません。
私が志向しているのはJAZZのスタイルで
分かりやすい美しいメロディーを感じてもらうことです。
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森英記氏へのQ&A。

2009/07/05 23:30
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Q ふだんから絵画に興味はありますか?
  どんな作品が好きですか


A 作品をギャラリーや美術館で見るのは好きです。好きな作品はいっぱいあります。
美術のことを良く知っているわけだはないのでぱっと見ていいな!
と思うことがほとんどです。
印象深く覚えている物の一つとしてジャコメッティの作品には衝撃がありました。
何であんなことになっちゃうのか(極限までそぎ落とされたフォルムのこと)
音楽とも似ているところがあるのでおおーーーと思ったのかな?
今思えばですけど・・。
あとから専門家の説明を聞いて自分が考えたことと似てたんで
僕でも分かるときはわかるのかーーって少し調子に乗りました。(笑)
そのあとも気になっていてTVをみていたら
矢内原伊作さんとジャコメッティの関係を知ってさらにビックリしましたね。
モデルと作家の関係ってすごいことなんだなーーと。
言葉を超えた感じあえる二人の関係は恋愛以上ですよ(笑)。

Q ふだんのフィールドはJAZZミュージック
だと思いますが
なぜ野沢二郎氏と絵画と音楽の共演をしたいと思いましたか?


A 昨年銀座のギャラリーで野沢さんが個展をされていた最終日に
  思いつきでSAXを持って出かけました
  何の準備もしていなかったので緊張しましたが
  あの時はいきなりそこで思いついた曲を即興で吹く事は考えて
  いなかったので
  いつも吹いているスタンダードを吹いたと思います。
  そのとき大きな作品の前で吹いたのですが
  吹いている最中に作品のパワーが伝わってきました。あと野沢さんが
  僕の演奏をものすごく真剣に聞いてくれているのが良く分かりましたから・・
  音で答えたいなと。
  まだまだですがこれから演奏は良くなっていきますよ・・。
  
Q ふだんは譜面にキー(音階)やコード(和音)やテンポ(はやさ)が
描かれていると思いますがもし野沢氏の作品にキーやコード・テンポがあるとするとどんな感じがしますか?
特に今回のギャラリーしえるに飾られていた「雨上がる」(ブログ写真の背景)
という作品から感じたことを教えてください。


A野沢さんの作品には音楽のなかの要素がたくさんあります。
 キーワードでいうと静けさ・立ち上がっていくスピード・徐々に始まる
 クレッシェンド・シンプルな音の積み重ねなどこれから盛り上がっていく
 気配や感じですね。
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野沢二郎氏へのQ&A。

2009/07/05 23:17
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Q 現在描かれている抽象絵画表現を描き始めたきっかけは何ですか?

A.「反抗」でしょうか。
抽象絵画を描き始めたのは、学生だった20歳の頃です。
開学したばかりの「筑波大学」に入学できたのは良かったのですが、
世間では、文部省(文科省)、中教審、の言いなりの大学、などと言われていて、
ちょっと大学を出ると、いつも肩身の狭い思いをしました。
一方で、大学の中にいると、確かに管理的な傾向を感じざるを得ませんでした。
そのような大学の体制に対する反抗の気持ちと同時に、
体制批判によって心地よい場所を見つけている世間の群にも、何となく同調できない気持ちがありました。

「反抗」の相手は、そのような漠然としたものでした。
しかし、自分の中にある「反抗」の気持ちは、「表現」したかった。
その形式が「抽象絵画」だったと思います。

「抽象と感情移入」という本があったと思うけど
当時の私の気持ちは、ゆったりと自然に対して感情移入し、疑いもなく写実的に描く事に
違和感を感じていました。
丁度そのころ、池袋にあった西武美術館でアメリカ抽象表現主義の展覧会が開かれました。
J・ポロックやM・ロスコ、A・ゴーキーといった画家達に完全に心を奪われました。

Q 具体的なものは描かないと決めているのでしょうか?

A.今、那須にある「殻々工房」http://karakarakobo.seesaa.net/
でやっている個展は、「野沢二郎素描と油彩−花と心象−」です。
「花」は地上における形あるものの象徴。嬉しいときも悲しいときも、花は人の心のそばにある。
出品作の内、素描はすべて、コップに生けた花を、じ〜っと、見ながら描いたものです。

(油彩では、具体的な形のない心象風景を描きました。同じ会場に並べて、見る人の中で、
「花」と「心象」が思いおもいに融合されればいいな、と思いました。)
「じ〜っと}と書いたのは、1日2日、じ〜っと描いてるうちに、花が萎れてしまって、

別の紙に、萎れた花を描いたりもしたからです。
萎れた後に、黒く凝り固まった花の残骸にも惹かれます。

というわけで「具体的なもの」の形には、強く惹かれています。
しかし、最初に質問の答えにも書いたとおり、いわゆる「写実的」に
描写することには抵抗があります。というか、描いているうちに、
花の内側の世界が無限の宇宙みたいに見えてきて、
いつのまにか半分、抽象的になってしまいます。

Q 今回ライブハウスで披露していただくのは油彩画のペインティングですが
  油彩画の描き始めになにか約束や決めていることなどありますか?


A.「真ん中」に描かない事です。
真ん中に描くと、バランスが良すぎて、もう描けなくなりそうな・・・。
絵を描くことは、旅をするようなものです。
旅の途中で、まだ見ぬいろいろなものに出会いたい。
だから旅の出発は、「風の吹くまま」がいい。
バランスの良い「無風状態」は困るわけです。


Q 音楽を聞きながら絵を描くということはありますか?

A.音楽を聞きながら描いていることもあるけど、
集中して描いているときは、
あまり聞こえていないと思います。
それでも音は、脳には届いているはずなので
何か絵には影響を与えているかな?
あ、そこで一つの疑問、森さんにあとで質問しよう。
絵は視覚、目で見る。目は閉じれば見えない。絵は見たくなければ見なければいいが、

その辺、音楽はどうなのだろう? 耳は閉じることができないから。
聞こえていても「聴いて」ないことはある。
制作中の音楽は、私にとってそのぐらいのレベルかもしれません。


Q 今回音楽との共演をしたいと思ったきっかけは何ですか?

A. この数年、自分の絵を変えたい、と思っていました。
こつこつと積み重ねて完成させる制作から、もっと、刹那的な、一回性を大事にするような
制作にしたいと思っていました。といってもそのことは、言葉で言うほどストレートなことではないし、
これまで得てきた多くのものを捨てることでもあるような気もして、行きつ戻りつの制作でした。
去年あたりの発表から、ある程度納得のできる作品ができはじめました。
気がつけば、それは「現代美術」というような先端を意識したような傾向のものではなく、
むしろもっと「基本的な」思考、ある意味で純粋な制作しているように思います。
たとえば、19世紀後半から20世紀前半の改革期の画家達が考えたような事を今考えている。
もちろん、時代が違うから、まったく同じものではないけれど。
「すべて芸術は絶えず音楽の状態に憧れる。」と言った思想家がいたと思うけど、
色と形で描けばいいんだーと思う時、音楽の方向を見ているのかもしれませんね。

絵を描く意識が私の中で変わって来ているとき、
森さんの音を聴いて、(森さんはいつものように演奏しただけかと思いますが)、
音楽が、これまでとは違った音の表情=「音色」として伝わってきた感じがしました。


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オト猫からの質問状。

2009/07/05 22:52
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8月30日まで
このブログでは画家野沢二郎氏と
musician森英記氏に質問をしながら
この二人がライブペインティングに至るまでを
ルポしていきますまずはオト猫からの質問です
お二人も何か追加のご質問がありましたらどうぞ
往復書公開書簡というのはどうでしょう。。









       
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